どうして疑問を感じたか
懐疑的
私は、もともと占いというものに対して懐疑的な立場を取っている。
というのも、実際に起きていることとは無関係な、何か大きな存在がいることを前提として成り立っているように感じるからだ。
その人が生まれたのは、何も誰かによって決められたわけではなく、生物学的な成熟のおかげだろう。
タロットカードのうちどの札が引かれるかというのは、あくまで同じ確率であって、そこに何らかの意味を見出す必要は感じられないのである。
しかし
しかし、である。
占いというのは、今に至るまで根強い人気を持っている。少なくとも立派な市場を形成していることは間違いがない。
のみならず、昔はそれによって国が動いていたというのだから、少なくともそれに力があることが「信じられていた」のは間違いがない。
何がこれほど、科学的根拠のないものに人々をひきつけているのであろうか?
懐疑的で信じてはいないものの、占いというものが持つ背景については、徐々に興味が生まれ始めてきた。
そこで
そこで、私は占いがどこから生まれ、どのように発展してきたのか……その点について、調べ、確かめて見ることにした。
占いは、誰が示し合わせたものでもなく、どこでも行われていることである。
だとすれば、それは人間の心理か、文化か、あるいは生理か、そういったものに深く根ざしていると考えていいだろう。
ここでは、その信ぴょう性それ自体にはこだわらず、なぜ行われるのか、なぜ信じられるのかという部分について調べてみた。